ようこそ
ようこそ”やすこうち”におこし下さいましてありがとうございます。
ここでは、近代日本画を中心とした逸品の数々を紹介したり、
私、安河内眞美と名品との出会い、日々感じたことなどを
綴って行きたいと思います。
安河内眞美
4月24日
コスチューム・ジュエリーに凝ってます (後編)
1920〜30年頃、欧米で女性が社会進出しはじめた頃に誕生し、働く女性を美しく引き立たせました。欧米では人気が高く、ココ・シャネルも創ってい
ましたし、ハリウッド女優も愛用していました。
最近では日本でもひじょうに人気が出て、古いものは値段も高騰しているようです。コスチューム・ジュエリーのディーラー・渡辺まりさんは、値段が高く
なりすぎ本来の意味が失われそうだからと、集めたコレクションを「すべて売ってしまうかな」と仰っていました。
私がいただこうかしら…。
4月21日
コスチューム・ジュエリーに凝ってます (前編)
今、私が凝っているのがコスチューム・ジュエリーです。
ダイヤモンドやエメラルドなどの貴石は使わないで、ベネチアンガラスや貝などを使い、デザイン性を重視して創られたジュエリーです。ですから、デザイ
ナーによっても作品に特長があり、一種のブランドもできあがっています。
ダイヤなどの貴石と違い、コスチューム・ジュエリーはその高いデザイン性によって、身に付ける人の個性も引き出されるところが面白いのです。ダイヤ
などの貴石は、そのものが凄い! ということになりますが、コスチューム・ジュエリーの場合は、付けている人を美しく演出するのです。
4月16日
「出張鑑定」は面白い
「開運! なんでも鑑定団」の「出張鑑定」は、私もひじょうに楽しんでいる企画です。
二時間くらいのロケで、登場する依頼人は六人。百人以上の応募者の中から、選び抜かれた六人です。
百人は応募者がいないとショーを成立させる六人が選べないそうです。依頼された美術品が興味をひくものであるか、
あるいは依頼人のキャラクターが面白いかで、六人が選出されています。
それだけに毎回、ユニークな人が出てきます。
私も日本全国を回りましたが、とくに北の方が、キャラクターの濃い方が多いように思えます。例えば石川県能登の方など、
半分何を言っているのか分からないけど面白かった、という印象がありますね。
その三、四日後にあの能登半島の地震。出張鑑定のあった珠洲は比較的揺れが少なかったということですが、皆さんお元気でしょうか?
4月13日
「待つ(松)が良かろう」
先日、皇居外苑の内堀通りをタクシーで走っていたとき、運転手さんが周囲に松ばかり植えられている理由を教えてくれました。
植木職人が何を植えるかお伺いをたてたところ、上の人が「待つが良かろう」と仰った。
それを職人は「松がいいのだ」と解釈して、松を植えてしまったというのです。
いかにもありそうな話ですけど、本当でしょうか?
どなたか真相を知っていたら、教えてください。
4月9日
日用雑貨にこだわる
アンティーク・ショップを経営している友人が、某雑誌のインタビューでオール電化の素晴らしさについて語っていました。オール電化だと、安心して古い
グラス等の、生活骨董が使えるというのです。
気の利いた日用雑貨が使えて、日常生活も豊かになるというのです。
友人の気楽な暮らしぶりをよく知っている私としては、「私は暮らしの中で、味わいのある骨董品をとても素敵に使っている」と言わんばかりの発言には笑
い? と、いささかの疑問を感じてしまいました。
しかし、その言葉の主旨には賛成します。日常の生活用品にこだわり、大切にするのも、たいへんいいことだと思います。
素敵な陶器のぐい飲みや、年代物のグラスでいただく日本酒は、やはり美味しく感じられるものです。
4月6日
龍が昇りきっていないでしょう
3月27日放送「開運! なんでも鑑定団」で、ウォーキングドクターのデューク・更家さんが英一蝶(はなぶさ・いっちょう)と伝えられる「昇り龍」の掛け軸を持って
こられました。デュークさんにとっては思い入れのある絵だったようで、自らの評価額は三百万円でした。
しかし、明らかに偽物でしたので、私は五千円と値を付け、「5000円」と書いたのです。すると、デュークさんは「たった五千円?」と驚かれ、「しか
も、5,000円の、点(,)もうってないし」と呆れられ、それを聞いて私は思わず吹き出してしまいました。会場も爆笑です。
偽物と判断したその理由を説明している最中も、どうしても笑いが止まりません。
どのように描かれているのか稚拙で判然としなかったので、「龍と雲の関係がよく分からない」と私が言うと、「それはどういうことですか? 私たちにも
分かりません」と、デュークさんと司会の松尾さんに突っ込まれて、また爆笑です。
それをちゃんと説明しようと、「昇り龍の絵だとは思うのですが、龍が昇りきっていない……」と言うと、場内一同また爆笑。なんだか、私がけなす一方に
なってしまって、デュークさんも「えぇーっ」とずっこけていました。
そんなわけで、実は皆で大笑いしていたのです。
それがテレビでオンエアされると、前後がカットされていて、私ひとりが吹き出して、
偽物だと説明しているようでした。ちょっと不本意ですね、テレビの怖いところです。
4月3日
日本橋高島屋の川合玉堂展(3/15〜4/2)
先日、日本橋高島屋で開催された川合玉堂展へ行ってきました。その力作群を一堂に目の当たりにすると、あらためて、やっぱり上手いなぁと再認識しまし
た。
例えば、玉堂がわずか17歳のときに描いた「老松図」も、まさに円山四条派らしい見事な幹で、力があって、とてもいい感じです。明治20年(1887
年)、14歳にして京都の望月玉泉に入門し円山四条派を学んだのですが、わずか3年でここまでの絵が描けてしまうのか、と驚きでした。
画家もやはり、持って生まれた才能やセンスがもの言うのでしょうね。
昭和11年(1936年)、全盛期に描かれた「深林宿雪」などを観ても、遠くに小さく、ささっと描かれた、犬や、雪かきをしている人が
ちゃんとそのように見える。
描かれた動物の、立ち姿の力の入り方などがちゃんと犬のそれだと感じられる……。
人が雪かきをしている動きは、目に浮かんでくるようで……。上手いなぁ、と唸ってしまいます。
雪の表現ひとつとっても面白い。何も色を塗っていない部分が、玉堂の描く雪です。だけど、ちゃんと雪に見える。やっぱり日本画はこうでなくては! と、
心の中で歓声を上げていました。
かつて義務教育で、絵を描くとき、余白を残しては駄目だと教えられました。あれは間違った教えだったと思います。西洋的な、限定された考え方です。
にっぽんの絵は、もっと自由で、おおらかであっていいのです。
晩年の画帳にある波なんかも、ささっと描かれた線がとても綺麗で、動きのある波をちゃんとそこに感じられるのです。こんなに上手く描けたら、楽しくて
仕方ないでしょうね。生涯、絵筆を離さなかったという玉堂の気持ちが、なんとなく分かったような気になりました。